WINE・WANDERING ワイン彷徨通信
 
 
029「北のプーリア ワインの旅で出会った食」

ブーツを履いた片足に似たイタリア半島の「アキレス腱」「かかと」そして「ヒール」部分に相当するプーリア州は四国ほどの大きさ。古代ギリシャの植民都市があった地域で、ギリシャは目と鼻の先だ。果てしないオリーブ畑とぶどう畑が連なり、同州だけでイタリアワインの約20%、イタリア産オリーブオイルの約45%を産出しているという。

山岳国であり火山国であるイタリアだが、プーリア地方は平らで、ぶどうもなだらかな畑で栽培されている。高地の畑は、アンドリアの南からバシリカータ州との州境に沿って広がる、ムルジェと呼ばれるカルスト土壌の丘陵地帯くらいだ。

アンドリアの南側に広がるプーリア北部の有名なワイン産地、カステル・デル・モンテ地方には600メートル級の山々もあるが、ぶどうは標高180〜350メートルの石灰質土壌、凝灰岩土壌の畑で栽培されている。

冷涼な北部を代表するぶどうがネロ・ディ・トロイア。収穫期が11月に及ぶこともあるという果皮がとても厚い晩熟品種だ。名称からギリシャ神話に登場する都市を連想するが、ルーツは明らかではない。

カステル・デル・モンテは現存する八角形の城館の名に由来する。神聖ローマ帝国ホーエンシュタウフェン朝皇帝、フェデリーコ2世(1194-1250)が13世紀半ばに建設させ。当時の知の先端をゆく設計で、ユネスコ世界遺産に認定されている。鷹狩りを得意とした皇帝の狩猟館だったそうだ。

アンドリアに拠点を置く、プーリア北部の業界を牽引するコラート家が経営する醸造所、リヴェラ社(Rivera)を訪れた後、そこから南に3キロのところにある、モンテグロッソの「アンティキ・サポーリ(Antichi Sapori)」でお昼ごはんをいただくことになった。ピエトロ・ジートさんが経営するこのレストランは、村の食堂といった風情。気取ったところがなく、入った瞬間に寛いでしまうような居心地抜群の空間だ。

25年前、それまで何もなかったモンテグロッソにジートさんのレストランが出来ると、少しずつ人が集まるようになってきた。みんな、彼の料理の美味しさに惹かれてやってくる。レストランは連日大盛況、ジートさんは今やイタリアで最も知られる料理人の1人である。

スタッフから、もうすぐテーブルの用意ができるから、しばらくうちの野菜畑で時間をつぶしてくれないか、と言われ、レストランから至近距離のジートさんの畑へ。1,5ヘクタールの畑は灌漑され、ズッキーニ、瓜や胡瓜、なす、トマト、唐辛子のほか、ありとあらゆるハーブが青々と生い茂る。彼のお父さんは、このあたりにしかない固有のハーブ探しの名人だったそうだ。休日になるとジートさんはこの菜園に子供たちを集め、農作業や農作物を知ってもらうためのワークショップを行っている。プーリアの食の伝統を次世代に伝えようとしているのだ。

畑を一回りして食卓につくと、次々に料理が出て来る。気取らない盛りつけ、鮮度と風味は格別だ。

料理の原点を感じさせてくれる約20種類の料理は、いずれも絶妙のタイミングで運ばれてきた。菜園のトマトと胡瓜のサラダ、4種類のチーズとアプリコットやセロリの甘煮、生ハムとズッキーニのマリネ、スカモルツァ(固めのモッツァレラのようなチーズ)を挟んだなすのスフレ、リコッタを詰めたズッキーニの花のフライ・・・、前菜はまだ続く。パンは小麦粉に焦がし小麦を混ぜて造ったフォッカッチャ。プーリアのパスタ、オレキエッテも焦がし小麦入り。鮮やかな緑色のソースは、旬のズッキーニの芽のペストだ。続いて肉料理。ラムと野菜の煮込み、豚肉のグリル、玉ねぎの煮込み、馬肉のグリルと続く。直火で焼いた野趣あふれる肉をリヴェラ社のワインと一緒に楽しむ。デザートはチーズ、無花果のソルベ、カッサータ、セミフレッド、ババなどが続く。沢山の種類をちょっとずつ味わえるのが嬉しい。

デザートを食べ終えた頃に、安堵の表情を浮かべた汗だくのジートさんがキッチンから出て来られた。持てるエネルギーを100%料理づくりに投入した後の笑顔があった。

「アンティキ・サポーリ」は東京にもあり、ジートさんの元で働いた日本人シェフが活躍しているそうだ。

 
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