BACK TO HAMBURG 追憶のハンブルク・未知のドイツ
 
 
003「ハンブルクの小さな築地 グローセ・エルブシュトラーセ」

Sバーンのケーニヒシュトラーセ(Königstrasse)駅で下り、アルトナ側の出口から地上に出て、エルベ川の方向へ歩く。緑の遊歩道を通り抜け、木陰の階段を降りてゆくと、港の景色がどんどん迫ってきて、工場地帯のような殺風景な通りに出る。ここがグローセ・エルブシュトラーセ(Große Elbstrasse)だ。

かつては、もっと活気のある場所だったのだろう。石畳の道路には、もう使われていない貨物列車用のレールが残っている。

この通りをレーパーバーン側に戻ってゆくと、日曜日のフィッシュマルクト(魚市)が立つ広場に出る。この魚市は鰻の薫製の叩き売りで有名で、いつも観光客で賑わっている。

同じ通りをアルトナ方向へ進んでゆくと、すぐ右手に「フリッシェ・パラディース・ゲーデケン(Frische Paradies Goedeken)」という高級食材のスーパーマーケットがある。手に入らないものはない、と言っていいほどの品揃えで、オーストラリア産の和牛もあり、神戸ビーフの名で売られている。

さらに先へ進むと、左手にワインショップ「ストラートマン(Stratmann)」がある。店長のゲアハルト・リヒター(Gerhard Richter)さんが主宰するワインテイスティングはとてもユニークで、私も時々参加している。彼のお得意テイスティングは「ニシンとワイン」。マティエス(塩漬けニシン)の様々なバリエーション、ブラートヘリング(ニシンの南蛮漬け風)などハンブルクの魚料理にぴったりのワインを探すなら、彼に相談するのが一番だ。

「フリッシェ・パラディース」や「ストラートマン」のある一帯は、ハンブルクのちいさな魚市場街。午後は閑散としているが、まだ暗い早朝にここをおとずれると、どの店も賑やかだ。

数年前、この魚市場を「まつみ」(002「ボローニアを思い出す」参照)の森田英明さんに案内していただいた。その日は、森田さんが注文していたキハダマグロがフランス経由で届く日で、コミック作家のイザベルと私は、ワクワクしながらそのマグロを見に行った。森田さんいきつけの店の片隅に置かれた立派なマグロ、クラッシュアイスがいっぱいに詰まった箱の中の新鮮な魚の数々。森田さんは魚に挨拶でもするかのように1尾1尾吟味する。外はまだ暗いが、あたりは静かで真剣な空気に包まれていた。

魚を車に積み込むと、次は卸売り市場で野菜を仕入れ、最後に食肉卸売り市場で肉を仕入れた。この日は、森田さんが巨大なマグロと一人格闘する姿も拝見させてもらった。あらゆる種類の包丁と鋸を総動員させ、マグロはみるみるうちに、艶やかで美しい「さく」状となる。表通りへ出ると、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。森田さんの仕事に接しているうちに、ハンブルクにいることをすっかり忘れていたのだった。

グローセ・エルブシュトラーセが小さな築地になった朝だった。
 
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