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まだまだ気温の高低が激しく、お天気は不安定ですが、5月はドイツが一番輝く月。この時期の緑の美しさには息をのむ思いです。
こんな美しい季節に出版のお知らせができることを嬉しく思います。とは言っても、私の著書ではなく、コミック作家アルネ・ベルストルフの「ベイビーズ・イン・ブラック」という作品です。ビートルズのハンブルク修業時代の実話の漫画化で、私は翻訳を担当しました。
60年代のハンブルクが華やかだったのは、今日とは違い、入港した船が長期にわたって停泊し、世界を知りつくした船乗りが、ハイレベルの娯楽を求めたからでした。
戦後ドイツでは、ライン・マイン地方に駐留していた米軍の影響でロックンロールが流行りましたが、北ドイツでは、英国軍が駐留していたため、ロックンロールと英国のスキッフルが融合したビート音楽が人気でした。
「60年代のハンブルクは英国のビートバンドであふれかえっていた。ビート音楽はハンブルクで磨かれ、イギリスに逆輸入され、世界中に旋風を巻き起こした」。 ハンブルク在住の元ミュージシャンで、時代の証人でもあるウルフ・クリューガーさんの言葉です。(15.05.2012)
まだまだ気温の高低が激しく、お天気は不安定ですが、5月はドイツが一番輝く月。この時期の緑の美しさには息をのむ思いです。
こんな美しい季節に出版のお知らせができることを嬉しく思います。とは言っても、私の著書ではなく、コミック作家アルネ・ベルストルフの「ベイビーズ・イン・ブラック」という作品です。ビートルズのハンブルク修業時代の実話の漫画化で、私は翻訳を担当しました。
60年代のハンブルクが華やかだったのは、今日とは違い、入港した船が長期にわたって停泊し、世界を知りつくした船乗りが、ハイレベルの娯楽を求めたからでした。
戦後ドイツでは、ライン・マイン地方に駐留していた米軍の影響でロックンロールが流行りましたが、北ドイツでは、英国軍が駐留していたため、ロックンロールと英国のスキッフルが融合したビート音楽が人気でした。
「60年代のハンブルクは英国のビートバンドであふれかえっていた。ビート音楽はハンブルクで磨かれ、イギリスに逆輸入され、世界中に旋風を巻き起こした」。 ハンブルク在住の元ミュージシャンで、時代の証人でもあるウルフ・クリューガーさんの言葉です。(15.05.2012)
ALBUM 私のオン・ザ・ロード

フロリアーノに住む義理の伯父、ヴィットリーノは鍛冶屋さんだ。遊びにいくと、いつも仕事場に入れてくれる。彼が鉄を鍛える光景はずっと見ていて飽きることがない。
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037 Floriano/Brasil 07.2011
upload 03.04.2012
upload 03.04.2012
フロリアーノに住む義理の伯父、ヴィットリーノは鍛冶屋さんだ。遊びにいくと、いつも仕事場に入れてくれる。彼が鉄を鍛える光景はずっと見ていて飽きることがない。
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WINE ・ WANDERING
ワイン彷徨通信
ワイン彷徨通信
醸造所訪問記、造り手との対話。ワインをめぐるお話
をこれから少しずつ書きとめてゆきます。
2009年7月から、ブラジルワインを特集しています。
をこれから少しずつ書きとめてゆきます。
2009年7月から、ブラジルワインを特集しています。
2004年から時折訪れている、ブラジルのワイン生産地からのレポート。13回目からは北東部ペルナンブコ州の醸造所を訪問します。

BACK TO HAMBURG
追憶のハンブルク・未知のドイツ
追憶のハンブルク・未知のドイツ
ハンブルクは、私にとって追憶の街、そしてドイツは
いまだ未知なる国。ブラジル長期滞在を経て戻ると、
この街、この国が違って見え始めました。
いまだ未知なる国。ブラジル長期滞在を経て戻ると、
この街、この国が違って見え始めました。
サイトスタート時から、ハンブルクの街歩きをしています。長年住んでいる街の、失われてしまった風景と、新しい風景をたずねます。今回はローテ・フローラと呼ばれる旧劇場跡をめぐるお話です。

TRANS・BRASIL
ブラジル往復・日本往復
ブラジル往復・日本往復
今年からは、ブラジル、そして日本を、何度も往復す
るうちに考えたりしたことを、とりとめなく書き綴っ
ていこうと思います。よろしくおつきあいください。
るうちに考えたりしたことを、とりとめなく書き綴っ
ていこうと思います。よろしくおつきあいください。
ハンブルクに住みながら、正反対の方向にある日本とブラジルをそれぞれ往復するようになって10年目を迎えました。3つの文化を行き来しながら思ったことを綴ってゆきます。









